「話しかけてもお返事がない認知症の患者さんがいます。口腔ケアをする時、どのようなことに気をつけていますか?」

「話しかけてもお返事がない認知症の患者さんがいます。口腔ケアをする時、どのようなことに気をつけていますか?」

歯科衛生士さんから多くいただくご質問について、セミナーで講師を務める歯科衛生士の先生にお話を伺う「教えて先生!お悩み相談室」。

今回も埼玉県三郷市にある、みさと健和歯科の佐藤美智代先生にお話を伺いました。第3回の今回は、「訪問診療における、認知症患者さんへの口腔ケア」についてです。高齢化が進むなか、認知症になっている方の診療をする機会もますます多くなっているのではないでしょうか。高齢患者さんをたくさん診てこられた先生からのアドバイスをぜひ参考にしてください。

 

「その人に寄り添う」ことが大切

私自身もグループホームのケアなどで認知症の患者さんを診療する機会があります。常に勉強をさせていただいていると思うことばかりです。

たとえば、自分自身が認知症になった、という設定で置き換えてみると、「知らない人にいきなり口の中を触られる」のは良い気分にはなりませんよね。

普段の歯科診療の場合、来院される方は「う蝕の治療」などの目的がきちんとあるため、自分から口を開いて診療を受けていただけます。

しかし、認知症の方は、歯科衛生士・医者という認識がないままでの診療を行うことも多いです。そう考えると、いきなり診療が始まり、歯ブラシを口の中に入れるというときに暴れてしまうことは当然かもしれません。

だからこそ、「その人を知る、その人に寄り添う」ということが大切です。

私はグループホームでの診療の機会がありますが、来ていきなり歯を磨く人としてではなくて、「この人は毎週くる人」、「この人はいい人」、「話を聞いてくれる人」といった、人と人との関わりを持つことを意識しています。

 

患者さんとの「生きた会話」を積み上げてコミュニケーションを図る

どのように患者さんを診ていくかの最初のステップは、いきなり歯磨きをしないことです。

「どこに住んでいたんですか」とか、「若いころは何をされていたんですか」という昔話や世間話をして、その方の「自分史」とでもいうような情報に耳を傾けることを大切にしています。認知症の方でも、昔のことを覚えている方は多くいらっしゃいます。

また、「ご飯を食べる前に歯を磨きますね」とか、「朝ごはんは何を食べたんですか」、「ちょっとうがいでもしましょうか」というように、話の前後に歯磨きを結び付けて歯のケアができるようにすることもあります。

歯科衛生士のお仕事とは少しかけ離れているようにも感じますが、グループホームで口腔ケアを行う際、どうしても患者さんの歯磨きへのモチベーションが上がらない時には、少しでも共通点を見つけて話が弾むように努力します。

踊りが好きな方と一緒に盆踊りをしたこともあります。仲良くなることができれば、すんなりと歯磨きをすることを受け入れていただけることが多いためです。

 

認知症の方に対しては「人を診る」気持ちが伝わる

目の前にいらっしゃる方に対して、体の面から見てどのような機能が残っているか?また、気持ちの面も考えてどのようなところをプッシュすれば元気が出るのか?というところは、ただ歯を診ているだけでは分かりません。

「元気の出るポイント」は人それぞれで異なります。自分とは「なんだかうまくいかない」と思った患者さんでも、他の歯科衛生士さんなら大丈夫という、相性の良さもあります。どうしてもうまくいかない場合は、他の人にバトンタッチしてお任せしても良いでしょう。どのように患者さんと関わり口腔ケアを進めていくかについては、本当に日々勉強だと思うことばかりです。

特に認知症の方に関しては、口を診るよりも人を見ることが大切だと、とりわけ考えさせられます。自分が同じような状況になったら…と、認知症の方の気持ちになった上で、どのように向き合っていくかを考えることも多いですね。

認知症の方にこの人は大丈夫と思ってもらい、信頼していただけるようになることは大切だと思います。診療のために毎週施設に通っていると「おーっ!」と声をかけてもらえることもあったり、出会い頭にハイタッチをしてみたり、そういう出来事にこちらも元気をもらいます。

 

なかなか乗り気にならない方にも明るい表情で声がけを

今までは、前向きになっていただけた患者さんについてのお話をしてきましたが、もちろん、まったく違う方もいらっしゃいます。いつも「やりたくない」というような方に対しても、明るく「やろうよ!」と気分が乗ってもらえるように声をかけています。その日は歯磨きをやらないという方であっても、必ず声はかけていますね。

決して強制はしませんが、常に目配せ・意識・声がけを行い、また、自分の顔の表情にも気を付けています。誰だってぶすっとした顔の方には話しかけたくないですよね。

話しかけても返事がない、という方ももちろんいらっしゃいます。何かをするために100%正しいということはありません。そのときは失敗だったとしても、また次の機会、別のきっかけでアプローチすれば良いと考えています。

特別養護老人ホームでは、1年くらい通ってもなかなか歯磨きをしてもらえなかった人もいたのですが、最近ようやく歯磨きをさせてもらえるようになりました。認知症が進んでしまったことで機能が落ちてしまい、結果として対応が変わってくるということもありますので、長い目でみていくと良いのではないでしょうか。

 

口腔ケアを強制はしない

もちろん、どうしても歯磨きができない場合もあります。そのようなときは、無理やりの対応はしないようにしています。

診療の際に半ば無理矢理にでも歯磨きができれば 、私たち歯科衛生士は満足するかもしれません。

しかし、外部から来た歯科衛生士が帰った後、その方の機嫌が悪くなってしまい、用意しているご飯を食べてもらえなくなったとしたら、その時大変な思いをするのは、介護する側の方です。

生活を支えていく現場のスタッフの方への配慮も大切です。そこで働く方たちのことも汲みながら、うまく対応するように 考えるようにしています。

特別養護老人ホームであれば、スタッフが診療を希望していてもご本人が嫌がるケースがあります。患者さんそれぞれで状況も異なりますので、臨機応変に診るようにしています。在宅診療の場合は、ご家族の方の了承が取れた場合には、多少強引でも対応させていただくこともありますね。いずれにしても、患者さんを支える立場にいる方がマイナスにならないように、ということを意識して判断しています。

 

さいごに

繰り返しになりますが、認知症の方を診ていると本当に勉強になることばかりです。

いつもの診療とは勝手が違うこともあるかもしれませんが、だからこそ、目の前にいる方としっかり向き合って、人とのコミュニケーションを丁寧に重ねていくことが大切だと感じます。なかなかうまくいかないときでも、周りのスタッフと連携をとりながら、患者さんと向き合ってみてはいかがでしょうか。

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